前田裕幸の学生の頃の様子

前田裕幸さんは、中学から高校にかけての6年間は部活動に熱中していたようです。特技がテニスということなので、おそらくテニス部に所属していたのではないでしょうか。

一度、母校の高校野球を観戦したときには、その負けたら終わりというギリギリの戦いに思わず熱くなってしまったのだとか。負けたら、部活動も引退しなければいけない。でも、引退なんてしたくない。

そんな、きれいな汗をかける青春がうらやましくなってしまったそうです。前田さん自身にも、かつて部活動を引退するときにそんな思いを経験したことがありました。

もう、このメンバーで試合をすることは二度とない。それまでの練習や怒られたことなどが走馬灯のように浮かんで、みんなで思いっきり泣いてしまいました。始まりがあれば、終わりがある。そんな言葉を強く実感したといいます。俳優としてはじめて舞台を経験したときにも、やはり千秋楽が近づくにつれて同じような感情がおとずれたそうです。

一方、読者モデルからスタートした前田裕幸さんですが、高校時代は部活に打ち込んでいたため、ファッションにはほとんど興味がなかったのだとか。そのため、当時の流行りに踊らされて買ったGじゃんやヌーディージーンズはまったく着ることなく、タンスの肥やしになっていたそうです。

しかし、現在ではそれが一周回ってふたたび着用するようになっているというから面白いものですね。ちなみに、高校時代には先生の「おしゃれは足元から」という言葉の影響で、同じブランドをずっと履き続けていたといいます。シューズ展を訪れたときにはそんな思い出がよみがえって、当時は嫌いだったはずの制服を着たくなってしまったそうです。

また、大学生くらいまでは英語なんて自分には必要ない、日本人なら日本語で勝負、と考えていたそうです。しかし、今ではその甘さに気づいて、慣れない英語を使おうと必死でがんばっているのだとか。

成長したことで、これもまた一周回っているところが面白いですね。ちなみに、高校生のころは25歳で結婚していると勝手に決めていたという前田裕幸さん。しかし、実際にその年齢となったときには、まったくそんな想像もつかなくなってしまったそうです。

このように多くの言葉から影響を受けた重信さんですが、なかでももっとも心に残っているのが高校時代にある人から聞いた言葉でした。それは、「好きな人や好きなことがあるなら、人は無意識にそれに時間を使うものだ」というもの。

早起きはあまり得意ではない前田裕幸さんですが、仕事があるときにはスムーズに起きることができるといいます。それは、自分が役者という仕事をもっとも好きだからなんだ、ということがその言葉からよく分かったそうです。

そして、そんな幸せを噛みしめながら、一日一日を大切に過ごそうと考えているそうです。

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